お久しぶりです。
ブログを書くという行為を最近すっかり忘れてしまっていた僕ですが、コミティアなど諸イベントも近いということで、一発またちょいちょい書き始めようと思います。いったい何を書くのだろうと思われているかもしれませんが、実際のところ何も考えていません。新刊の進捗状況などを発表できればよろしいのでありましょうが、なかなかむつかしいところでありまして、なんとお詫びを云っていいものやらまったく頭があがりません。下げたあたまを足置きにしていただきたいくらいです(女性限定)いや、その程度では僕はまったく反省しないので、頭だけではなく全身、とりわけ下半身などを皆さんの足で弄っていただきたいものであります(女性限定)
でもまあちょっとだけ新刊の話をいたしますと、進捗状況はなかなか厳しいものとなっております。予定は未定と云いますように、突然の事態というものの連続でして、当初の予定とは随分と変わった内容となっているハズです。だからといってツマラナイものになったというわけではありません。僕の僅かな時間と少ない人脈でなんとかそれっぽいものには仕上げることができる予定です。つまり未定です。それっぽいだけでなく僕の情熱も目を細めれば確認できるほどに入っていますので、そこんとこもよろしくです。
とまあ、そんなどうでもいい話は置いておいて、さっそく『アマガミSS』の話をしよう。これはとてもじゅうようなことだ。(ここから文体も変えてみる)
このアニメは実に不思議だ。客観的に見れば特筆している点、いわゆる同時期に放送している他のアニメとの決定的な差異、はなく、どちらかといえば2000年以降量産されてきた美少女萌えアニメであると云えないこともない。そう云い捨ててしまってもなんら問題ないように思える。実際のところ1話で切ってしまったアニメファンは多いであろう。しかしながら、私はこの作品になんとも形容しがたい猛烈なまでの魅力を感じている。
なぜ、アマガミSSに惹かれるのだろうか?
まずその一点目に1人のヒロインに対して4話という構成だ。この4話というのがまた実に絶妙なのだ。1話30分の枠の中からCMとOP、EDを除いた本編はおよそ20分。これが4回分なので合計で80~90分ほど。これはいわゆる映画1本分と考えることが出来る。またこれは人間が集中して映像作品を鑑賞できる時間でもある。更に4話というとちょうど1ヶ月分。実に区切りがいい。ちょっとDVDでもレンタルして観てみようなんて考えている人にスッと入ってくる。物語りもいわゆるパラレルワールド形式で進んでいくので某なんとかデイズみたいに嫉妬で殺されることもない。いや、嫉妬されたうえに殺してまでくれるなんて我々の業界では非常に贅沢なご褒美なわけだが。とにかくこの4話完結型というスタイルは今後のギャルゲーのアニメ化の際の先行型成功モデルとして高く評価されるのではないかと私は勝手に思っている。
と、まあここまでは狭い世間ではすでに議論し尽くされていことなのだが、ここからは私が更に勝手に思って感じていることをやりたい放題に書いていこう。私がこのアニメに対して1番謎に思っているのは、お互いに好きになるという過程がゴッソリ抜けているあるいは描写が少ない、という点である。傾向としてはだいたいは3話あたりから主人公とヒロインは付き合い始めるのだが、え? いつのまに!? という展開が多い。なんでこの女の子頬とか赤くしてんの? なんで手つないでんの? と感じることもしばしば。主人公も、ちょっとした知り合い程度だった女の子のことをいつの間にか好きになってしまっている。我々視聴者は主人公側の視点で映像をみているわけだが、この主人公がいつヒロインを好きになったのかがまったくわからない。まったく、だ。だからそういった点ではネタ感覚で視聴している人も多いのかもしれないが、私はある重大な事実にことに気が付いてしまったのだ。「私もいつも間にかヒロインのことが好きになっている」ことに。……なんということだろう。私がこの少女達を好きになる理由はどこにある。先ほどまで主人公がヒロインを好きになる過程が描かれていないなどど偉そうに云っておきながら、その主人公視点で物語を見ている私が、知らぬ間に彼女達に恋をしてしまっているではないか。何たる矛盾。つまるにこれは、現実世界の恋愛と同じだということにはならないだろうか。恋愛に理由なんかいらない、だとか、気が付いたら好きになっていた、などといった言葉がある。が、こういったものは通常、小説や漫画、アニメなどの世界では通用しない。物語りにおいて、人が人を好きになるには明確な理由が必要だし逆もまた然りである。だからアマガミSSは本来であるならば駄作と云われて当然な作品なのであるが、そういったリアルな恋を我々視聴者に体験させるという点においてはまさに画期的といってもいいほどに成功を収めているのではないかと私は考える。ちなみにこの考えが賛同を受けられたことは一度もない。
ここまでの文章が日本語として破綻していて且つおもしろいことを一個も云っていないのは私の才能がないせいと、『俺の妹がこんなに可愛いわけない』という、こんな面白そうなタイトルでつまらないわけがないライトノベルがアニメ化されたものをニコニコ動画でみながらの作業になってしまったからである。誠に遺憾なことではありますが、寛容な心を持ってお許しいただきたい。ぺこり。(キャラ模索中? というユヤタンのマネ)
PR
11/14コミティアにて!
新刊『U-cafe特集号』発表決定!
なんの特集かと言うと……。
原作:乙一
『電車のなかで逢いましょう』
漫画化決定!
(パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ)
そこれ、イラスト・写真を募集します。
【応募規定】
・サイズ、A5(3638×5102)。
・カラー原稿不可。
・提出形式、bmpファイル。
・『電車のなかで逢いましょう』を読んでいること。
・1人で何枚提出してもかまいませんが、必ず「HN」「題名」を入れてください。写真の人で入れら れない人はこっちでなんとかします。その他「Twitter」や「ホームページ」など、自分の活動の宣 伝をしても結構です。
・応募作品は基本的に全採用です。本になります。
・応募アドレスはコチラ→ashikure-no-tsukaima@mail.goo.ne.jp
・締切は10/3厳守です!
・また、作品を提出される際は、下記を記入して下さい。
ペンネーム(必須)
スカイプID(必須)
住んでいる都道府県
年齢
性別
上記の規約(応募条件)に同意していただけるか
【題名】
【HN】
【twitter】
【HP】
【プロフ】
募集配信のアーカイブはこちらです。※関係ない話が中心です。
新刊『U-cafe特集号』発表決定!
なんの特集かと言うと……。
原作:乙一
『電車のなかで逢いましょう』
漫画化決定!
(パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ)
そこれ、イラスト・写真を募集します。
【応募規定】
・サイズ、A5(3638×5102)。
・カラー原稿不可。
・提出形式、bmpファイル。
・『電車のなかで逢いましょう』を読んでいること。
・1人で何枚提出してもかまいませんが、必ず「HN」「題名」を入れてください。写真の人で入れら れない人はこっちでなんとかします。その他「Twitter」や「ホームページ」など、自分の活動の宣 伝をしても結構です。
・応募作品は基本的に全採用です。本になります。
・応募アドレスはコチラ→ashikure-no-tsukaima@mail.goo.ne.jp
・締切は10/3厳守です!
・また、作品を提出される際は、下記を記入して下さい。
ペンネーム(必須)
スカイプID(必須)
住んでいる都道府県
年齢
性別
上記の規約(応募条件)に同意していただけるか
【題名】
【HN】
【twitter】
【HP】
【プロフ】
募集配信のアーカイブはこちらです。※関係ない話が中心です。
src="http://pagead2.googlesyndication.com/pagead/show_ads.js">
サラリーマンなどというくだらないものをやっていると、銀行に行ってお金を振り込んだり、郵便局に行って郵便物をだしたりという当たり前の作業がほとんど出来なくなってしまいます。これはなかなかつらいもので、すでに納期がヤバイ感じになってきてしまっている『誰にも言えない、私だけの秘密』が間に合わないのではないかという状況になって参りました。とにかく今日(8/4)にATMにて振込み予約を行い、注文書を明日(8/5)発送する予定です。あくまでも予定です。しかしながらそれでも恐らく印刷物が届くのは12日、13日あたりでしょう。そこから地獄のホッチキス作業が続くわけです。半コピー本という謎の形態を取ってしまった私への罰なのでしょう。素直に全部印刷所に任せればよかった……。しかし過ぎ去った過去のことを考えても意味はないのです。たったいま気がついたのですが、この「過ぎ去った過去」という言い回しは完全に重複表現なのではないでしょうか? でも私なんかは普段から普通に使ってしまっているような気がします。いえ、もしかしたら使っていないかもしれません。つまりよく覚えていないのです。日常生活において自分が使っている言葉などを逐一記憶していることがあるでしょうか? 私はありません。言葉などというものはそれほど実体もなく曖昧なものなのではないでしょうか? 今私がキーボードに打ち込んでいる文章も実はまったく同じなのではないかと思えてきます。通常文章というものは、半永久的に残ります。書き換えることもほぼ不可能です。そういった点から古来から公式的な段取りが行われる際には言葉は文章化され保存されるようになりました。そのため文章を書く際には誤った記載がないよう、推敲に推敲を重ね、読み手側にある一定の共通の理解を与えられるように作られるものです。しかしながら、今私が打っているものはそういった観念からは大きくかけ離れているように思えます。読みやすさとか、他人にどう映るかなどということはまったく考慮されておらず、推敲や見直しは全く行われておりません。そもそも似たような内容を前日にも書いているにもかかわらず性懲りもなくまた書いています。普通ならばこれは没原稿です。つまるところ、じゃあこの文章はなに? ってことになるんですが、かっこよく言えば、瞬間的情報を内包したストック情報、と言えます。普通の言い方をすれば、気まぐれ暇つぶし文章です。だから改行とかもありません。
結局のところ何が言いたかったのかというと、作業は何も進んでいませんよっていう話です。
あと、今週金曜日8/6の23:00からUstreamで生配信をします。
内容は企画のことが中心です。
企画について、疑問質問などがある方は予め、下記のメールアドレスまでご連絡お願いします。(できればHNを付けてください)チャットでの質問は拾いきれない可能性があります。
チャンネルはhttp://ashikure.masa-mune.jp/ust.htmや、HP内のUstreamのボタンをクリックして下さい。
サラリーマンなどというくだらないものをやっていると、銀行に行ってお金を振り込んだり、郵便局に行って郵便物をだしたりという当たり前の作業がほとんど出来なくなってしまいます。これはなかなかつらいもので、すでに納期がヤバイ感じになってきてしまっている『誰にも言えない、私だけの秘密』が間に合わないのではないかという状況になって参りました。とにかく今日(8/4)にATMにて振込み予約を行い、注文書を明日(8/5)発送する予定です。あくまでも予定です。しかしながらそれでも恐らく印刷物が届くのは12日、13日あたりでしょう。そこから地獄のホッチキス作業が続くわけです。半コピー本という謎の形態を取ってしまった私への罰なのでしょう。素直に全部印刷所に任せればよかった……。しかし過ぎ去った過去のことを考えても意味はないのです。たったいま気がついたのですが、この「過ぎ去った過去」という言い回しは完全に重複表現なのではないでしょうか? でも私なんかは普段から普通に使ってしまっているような気がします。いえ、もしかしたら使っていないかもしれません。つまりよく覚えていないのです。日常生活において自分が使っている言葉などを逐一記憶していることがあるでしょうか? 私はありません。言葉などというものはそれほど実体もなく曖昧なものなのではないでしょうか? 今私がキーボードに打ち込んでいる文章も実はまったく同じなのではないかと思えてきます。通常文章というものは、半永久的に残ります。書き換えることもほぼ不可能です。そういった点から古来から公式的な段取りが行われる際には言葉は文章化され保存されるようになりました。そのため文章を書く際には誤った記載がないよう、推敲に推敲を重ね、読み手側にある一定の共通の理解を与えられるように作られるものです。しかしながら、今私が打っているものはそういった観念からは大きくかけ離れているように思えます。読みやすさとか、他人にどう映るかなどということはまったく考慮されておらず、推敲や見直しは全く行われておりません。そもそも似たような内容を前日にも書いているにもかかわらず性懲りもなくまた書いています。普通ならばこれは没原稿です。つまるところ、じゃあこの文章はなに? ってことになるんですが、かっこよく言えば、瞬間的情報を内包したストック情報、と言えます。普通の言い方をすれば、気まぐれ暇つぶし文章です。だから改行とかもありません。
結局のところ何が言いたかったのかというと、作業は何も進んでいませんよっていう話です。
あと、今週金曜日8/6の23:00からUstreamで生配信をします。
内容は企画のことが中心です。
企画について、疑問質問などがある方は予め、下記のメールアドレスまでご連絡お願いします。(できればHNを付けてください)チャットでの質問は拾いきれない可能性があります。
チャンネルはhttp://ashikure.masa-mune.jp/ust.htmや、HP内のUstreamのボタンをクリックして下さい。
プロフィール
Twitterさん
ブログ内検索
カウンター